6-1 Alzheimer 型認知症の特徴と診断
Alzheimer 型認知症の精神神経症の特徴と診断のポイントは何か
Alzheimer 型認知症は、① 潜行性に発症し、緩徐に進行する、② 近時記憶障害で発症することが多い、③ 進行に伴い、見当識障害や遂行機能障害、視空間障害が加わる、④ アパシーやうつ症状などの精神症状、病識の低下、取り繕い反応と言った特徴的な対人行動が見られる、⑤ 初老期発症例では、失語症状や視空間障害、遂行機能障害などの記憶以外の認知機能障害が前景に立つことも多い、⑥ 病初期から著明な局所神経症候を認めることはまれである
Alzheimer 型認知症の臨床症状を研究する際には、臨床症状とぼゆり診断の乖離を考えると、病理診断された対象を用いた研究が望ましいが、実際には臨床診断に基づく研究がほとんどであることに留意が必要である
1. 認知機能障害
認知機能障害のうち、最も中核的な症候は記憶障害である。具体的には、保持時間に基づく分類では近時記憶の障害が、また内容に基づく分類では出来事記憶 episodic memory の障害が特徴的である。約束を忘れたり、物の置き場所がわからなくなったり、話したことを忘れて同じ話を繰り返したりする。Alzheimer 型認知症の記憶障害を捉えるには遅延再生課題が最も鋭敏であり、ヒントが与えられても正解が出にくい点が特徴的である。近時記憶とは対照的に、遠隔記憶は比較的保たれる
多くの例では、記憶障害に引き続き、見当識障害や遂行機能障害、視空間障害、言語障害などが加わる。見当識障害は時間▶場所▶人の順位進むことが多い。遂行機能障害は比較的早い時期から認められることが多く、仕事や家事などの日常業務に支障をきたす。視空間障害により図形の模写が困難となり、近所でも迷うよになる。進むと失行(物を使えない)も目立ってくる。言語面では、物の名前がわからなくなる健忘失語に加え、語性錯語が目立ち、言語理解が不良となる。流暢性や復唱は比較的末期まで保たれ、超皮質性感覚失語の像を呈する。なお、社会認知の障害も認められるが、前頭側頭型認知症と比較すると程度は軽い。日常生活機能に関しては、手段的日常生活動作 instrumental activities of daily living(IADL)能力は比較的早期から障害される一方、日常生活動作(ADL)の障害は病気が進行してから出現する。進行と共に全般的に知的機能が障害され、次第に周囲に対する認知ができなくなり、会話が通じなくなり、最終的には無言となる
2. 認知症の行動・心理症状
認知機能障害に加えて、意欲や感情の障害、妄想、幻覚、徘徊、興奮などの認知症の行動、心理症状 behavioral and psychological syumptoms of demantia(BPSD)を呈することが多い。Neuropsychiatric Inventory(NPI)を用いて評価した報告では、アパシーは 30〜80% の患者で出現する最も頻度の高い症状であり、自発性低下・無関心により日常生活に支障をきたすことが多い。うつ状態も頻度の高い症候であり、63研究レビューによると、DSM 診断(DSM-Ⅲ、DSM-Ⅲ-R、DSM-Ⅳ、DSM-Ⅳ-TR)による大うつ病は 12.7% で、認知症に特化した基準によるうつ状態は 43% に認められる。一般住民に比べ、受診患者を対象とした調査で、より高い数値が報告されている。精神症候は、55研究レビューによると、妄想の頻度は 36% で、物盗られ妄想が最も多く(50.9%)、幻覚は 18% で認められ、幻聴より幻視が多い。認知症の程度が中等症以上になると、徘徊や興奮、易刺激性が目立つようになり、多動や落ち着きのなさを示し、くり返し行動も見られる
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3. 局所神経症候
Alzheimer 型認知症では、家族性 Alzheimer 病の一部を除けば、錐体外路症状やミオクローヌス、けいれん発作などの明らかな神経症候を初期から認めることは少ない。病初期から著明な神経所見を認める場合は Alzheimer 型認知症以外の疾患を疑う
4. 非典型例
非典型的な症候をきたす Alzheimer 型認知症も全体の 6〜17% を占める。その中には、頭頂後頭葉の局所性萎縮により視覚認知障害が前景に立つ型や、前頭葉の変性が強く行動異常や遂行機能障害が目立つ型、言語障害のみが目立つ型などがある。進行性失語のうち、ロゴペニック型失語症を呈する例では、Alzheimer 病病理を有する場合が多い。また、剖検例の検討では、病理診断が Alzheimer 病であっても、海馬が比較的保たれ新皮質の病変が強い例が 11% を占めている
5. 診断のポイント
初期の場合、記憶障害の特徴や他の症候に注意を払うことが、正常老化によるもの忘れやうつ病、せん妄との鑑別に重要である。正常老化によるもの忘れでは、十分な自覚(病識)を有し、記憶障害の程度は軽く、年齢相当か極軽度の低下にとどまる。うつ病患者では、自分のもの忘れを課題に訴えることが多い。老年期うつ病の場合、全身倦怠感・頭痛・肩こり・便秘などの身体愁訴が前景に断ち、宇津気分が目立たない場合もある。Alzheimer 型認知症がうつ状態を合併していることも少なくないことに注意する
記憶障害などの認知障害が認められても、発症が急で、症状が変動し、意識障害が強く疑われる場合は、せん妄を考える。環境変化、電解質異常などの身体的要因、せん妄をきたしやすい薬剤(抗不安剤、抗 Parkinson 病薬、抗コリン作用のある薬剤など)をチェックする。せん妄は、しばしば Alzheimer 型認知症合併の可能性を考える。診断する際には、頻用されている診断基準を参照するよう努める。Alzheimer 型認知症は、潜行性に発症し、緩徐に進行する。日や時間の単位で発症する場合は、血管障害やせん妄が疑われる。他疾患(Lewy 小体認知症 dementia with Lewy bodied(DLB)、前頭側頭型認知症 frontotemporal dementia(FTD)の主要徴候の有無を確認し、除外診断する。病識のなさや取り繕い反応、振り返り徴候も診断の一助となる
なお、臨床診断は Alzheimer 型認知症だが、病理診断が非 Alzheimer 病だった場合の病理所見としては、神経原線維変化型老年期認知症、嗜銀顆粒病、前頭側頭葉変性症、脳血管障害、Lewy 小体型認知症、海馬硬化症などが報告されている