認知症の病理学的背景にはどのようなものがあるか

症状発現の直接の原因は、中枢神経系の認知機能に関わるさまざまな部位の神経細胞・ネットワークの消失や機能低下であり、臨床像は病変分布に強く影響される。背景病理は、変性、脳血管障害、感染症、炎症、腫瘍などさまざまであるが、変性疾患の頻度が高い。変性疾患の大半は異常な蛋白蓄積が病態の中核をなし、それぞれ組織学的に特異な異常構造を形成して病理組織診断の根拠となる。


Alzheimer 病は,病理組織学的には老人斑(アミロイドβ(Aβ)の斑状蓄積)と神経原線維変化(タウの繊維状凝集体)の多発を特徴とする。老人斑は新皮質連合野に出現し密度を増しつつ他の部位にも広がる。神経原線維変化は海馬辺縁系にはじまり、やはり疾病の進行と共に広がる。老人斑、神経原線維変化とも、生前、認知症がなかった高齢者にも出現するが、Alzheimer病の場合は特に多数認められる。老人斑や神経原線維変化の形成がどのような機序で神経細胞変性・消失に結びついているかはまだ明らかではない。Lewy 小体型認知症は αシヌクレインの神経細胞内の異常蓄積を主病変とし、Lewey 小体と呼ばれる封入体を形成する。Leweys 小体も疾患の進行と共に分布が広がる。脳幹からはじまり上行するパターンは、Parkinson 病の経過中に認知症を合併して Lewey 小体型認知症と区別しがたい病像を呈するようになる過程と一致する。Lewey 小体型認知症の多くて、老人斑、神経原線維変化といった Alzheimer 病変も認められ、両疾患の境界は不明瞭である。

歴史的に Pick 病と呼ばれていた疾患群は、今日、病理学的には前頭側頭葉変性症 frontotemporal lobar degeneration(FTLD)と総称される。タウが蓄積する疾患群と、TDP-43 が蓄積する疾患群に大別され、まれにfused in sarcoma(FUS)が蓄積する例が存在する。臨床像と病理診断との間には必ずしも十分な対応関係があるわけではない。Pick 小体と呼ばれるタウの封入体を形成する群は、今日でも Pick 病と呼ばれ、臨床的には行動障害型の前頭側頭葉変性症の形をとる。臨床的には意味性認知症の病型を取る場合の多くと、運動ニューロン疾患を合併する場合は TDP-43 蓄積疾患である。大脳皮質基底核変性症進行性核上皮麻痺も FTLD の病型をとることがあるが、これらの疾患では新駅細胞に加えグリア細胞に後半にタウが蓄積する。わが国で家族性に FTLD を発症する場合はタウ遺伝子変異によることが多い。

80~90歳以上の高齢者では、タウが神経突起内に粒状に蓄積する嗜銀顆粒性認知症や、有意な Aβ 蓄積を書くが海馬辺縁系に限局して Alzheimer 病と同様の神経原線維変化が多発する primary age-related tauopaty(PART)が比較的多く見られるようになる。海馬硬化症は、海馬 CA1 と支脚の高度な神経細胞脱落とグリオーシスを示す病態である。従来、てんかんにおける海馬病変に用いられていた語であるが、近年、それとは異なる病態に基づく海馬硬化症が、特に高齢者において高頻度に認められることが明らかになってきた。Alzheimer 病や FTLD、脳血管障害に伴うこともあるが、海馬硬化症以外に有意な脳病理所見が認められない認知症の症例も存在する。プロボクサーなど、脳震盪をきたす程度の軽い頭部外傷をくり返し受けた者が、後年、変性型の認知症を発症することがある。慢性外傷性脳症 chronic traumatic encephlopathy(CTE)と呼ばれ、タウ蓄積による神経原線維変化形成が主病変である。

血管性認知症の多くは虚血性能病変によるものであり、原因となる血管病変は大血管の粥状硬化によるものと、小血管病変によるものと大別される。小血管病変は深部白質や大脳基底核で高頻度に認められ、高血圧と関わりが深いため高血圧性小血管病とも呼ばれる。組織病理学的には、細小動脈壁の肥厚、ヒアリン様変性や脂肪顆粒細胞の集簇を伴う血管壊死、平滑筋細胞の消失や膠原線維の増加などとして観察され、しばしば血管周囲腔の拡大を伴う。ラクナ梗塞の多発や白質病変を引き起こし、認知症との関連が強い。アミロイド血管症も認知症の原因となるが、この場合 Alzheimer 病変を伴うことが多い。アミロイド血管症は、高血圧性小血管病と異なり大脳皮質が好発部位であり、皮質微小梗塞や微小出血、局所型脳表ヘモジデリン沈着症の原因ともなる。Alzheimer 病変と血管病変との併存は単なる合併にとどまらず、病理機序において相互に影響を与えると考えられている。


認知症疾患診療ガイドライン

認知症