5B-1 認知症者の判断・意思決定能力の評価
認知症者の判断能力や意思決定能力を評価することは可能か
医療行為の同意を得るときや成年後見制度の利用を検討する際に、医師は、認知症の本人の意思能力(判断力、意思決定能力)を判定する必要がある。意思能力は ① 機能的能力、② キャパシティ、③ コンピテンス という三層構造を持つ。医師は、特定の法律行為に関連する認知機能(機能的能力)を評価し、その背景にある臨床症状(キャパシティ)を評価することによって、認知症の本人の意思能力を判定することが可能である
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意思能力とは、有効に意思表示をし、自己の行為の結果を弁識できる精神能力(判断力、意思決定能力)のことをいう。行為能力とは、単独で有効な法律行為を成し得る法定基地医又は法的資格のことを言う。認知症の日常診療では、医療行為の同意を得るときや成年後見制度の利用を検討する際に、認知症の本人の意思能力の評価が求められる
1. 意思能力判定の構造
五十嵐は、意思能力判定の構造には、① 機能的能力 functional ability, ② キャパシティ capacity、③ コンピテンス conpetence という 3つのレベルがあるとしている
機能的能力とは、意思決定に至る心理過程の各段階において必要とされる精神機能のことであり、認知機能のように連続梁として測定可能な次元的 dimensional 現象である。キャパシティとは、医師によって判定される臨床状態 clinicl status であり、その人が置かれている状況の下で意義のある位置決定が行えるカドウカに関する範疇的 categorical 現象である。例えば重度の認知症状態であるという医学的診断がこれに相当する。コンピテンスとは、法律関係者、特に裁判官によって判断される法的地位 legal stasus であって、その人がある法律行為を単独で行うために必要とされる能力を備えているかどうかについて、「ある」か「なし」かの二分法で判定される範疇的現象である
2. 意思決定能力の実際
刑事責任能力の判定で行われて来た従来の意思能力の判定は、① 精神医学的診断(生物的要素)を確認し、② 法律行為が妨げられる程度の精神障害であるか否かを判定し(心理学的要素)、③ これに基づいて法律判断が行われるという手順を取ってきた。これに対して五十嵐は、認知症と診断されるすべての人に意思能力や行為能力に問題があるわけではないんので、① 特定の法律行為に関連する機能的能力を評価し、② 次に背景要因としてのキャパシティを評価し、③ コンピテンスの判断を裁判官に委ねるという手順の方がノーマライゼイションの時代に相応しいと主張する
人市庁の本人の機能的能力の評価には、(1)認知機能に着目したアプローチ、(2)特定行為の遂行能力に注目したアプローチ、(3)日々の行動観察に基づくアプローチがある。認知機能に着目したアプローチでは、Applebaum らが治療同意能力に関連して、① 意思決定に関する情報の理解(理解 understanding)、② 得られた情報の論理的操作(論理的思考 reasoning)、③ 意思決定が行われる状況や意思決定の結果の認識(認識 apprehension)、④ 意思決定の結果を他者に表明する(選択の表明 expressing a choice)という 4段階の構成概念を示し、これに基づいた「治療に同意する能力を測定するための尺度」MacArthur Competence Assesment Tool for Treatment(MacCAT-T)(1995年)を開発している。また、Marson らは「財産感能力評価尺度」Financial Capacity Instrument(FCI)を開発している。一般に、意思能力の判定は、意思決定の対象となる内容・要求水準によっても変化しうることなどを考慮する必要がある(例: 日用品の購入のような少額の売買契約や投資信託の購入・解約などでは意思決定の判断結果が異なりうる)
3. 認知症の人へのインフォームドコンセントと医療同意に関する課題
医療を受けるkとに対する決定権は、医療を受ける者が有している。医師は医療行為を行うにあたって患者の承諾を得ねばならず、その前提として、承諾に必要な説明がなければならない。すなわち、インフォームドコンセント(十分な説明を受けた後の患者の同意)に基づいて医療行為が行われなければならない。医療法においても「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するにあたり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならない」(第一条4第二項)と規定している
このような観点から、認知症の診断を受けた患者本人には、診断名、症状、予測される経過、治療法、利用できる制度やサービスなどについて説明を受ける権利がある。また、そのような説明を前提にして、医療行為を受けること(拒否すること)についての自己決定権がある。しかし、Alzheimer 型認知症をはじめ、現時点では根本治療法が開発されていない多くの認知症患者において、本人に診断名を告知することは慎重な立場をとる医師も多い
認知症本人が、医療行為に対する同意能力を欠く場合、医療従事者hあ慣例として家族や親族から同意を得て医療を行っている。しかし、医療の同時に協力できる家族や親族がいない場合、医療に対する同意能力を欠く認知症者の医療上の決定は難しい問題となる。わが国には、現在のところ、同意能力を欠く成年者の医療同意に関する法制がない。青年後継制度改正の対の議論では、医療同意の問題は「本人の判断能力に問題のある場合の第三者の決定・同意全般に関する問題として、医療の倫理に関する医療専門家等の十分な議論を経た上で、将来の時間をかけた関東に基づいて慎重に律法の要否・適否を判断すべき事柄である」ので、当面は緊急避難などの一般的原則に委ねるべきとされた
この課題を解決するために、わが国では法律サイドからは日本弁護士連合会「医療同意能力が無い者の医療同意代行に関する法律大綱」(2011年)、成年後見センター・リーガルサポート「医療行為の同意についての中間報告書」(2009年)、医療彩度からは「高齢者の終末期の医療及びケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」(2012年)、行政サイドからは「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2015年)が作成されている。また、事前指示(書)により、あらかじめ受けたい(または受けたくない)医療の内容を定めておく方法も利用されるようになっている