進行性核上皮麻痺 progressive supuranuclear palsy(PSP)の歴史、中核症状、病理、検査車検、病因の概略を知る


PSP はパーキンソニズムを示す疾患群の中で Parkinson 病に次いで頻度が高い、基本的には中年以降に発症する孤発性の神経変性疾患である。核上皮眼球運動障害、頸部後屈、無動、皮質下認知症を主症状とするが、近年、病理学的検討により疾患概念が広がり、様々な病型がある事が明らかとなった。異常なタウの沈着物が病理学的基礎にあり、これに対する生物化学的検討から PSP は 4-repeat tauopathy(4RT)に属することが示されたものの、タウの蓄積の順序や神経細胞脱落に関する要因は明らかではない、現時点では有効な原因療法は開発されておらず、対症療法にとどまる


PSP は 1964年に Steel、Richardson、Olszewaski 等により体軸の固縮、無動、易転倒性、認知障害、垂直方向の核上性眼球運動障害を主徴とし、病理学的には淡蒼球、黒質、視床下核、眼球運動関連核、被蓋、歯状核、下オリーブ核などに神経原線維変化を認める一疾患単位として報告された。PSP の診断基準は Lirvan らにより 1996年に国際共同研究として制定され、信頼性検定がなされ、① 垂直性核上性眼球運動障害、② 易転倒性が診断に有用との見解を示したが、診断指標としては十分とは言えなかった。その後、Williams らにより神経病理学的に PSP と診断した症例の分析から、PSP は古典型 PSP を示した症例群: Richardson 症候群(54%)と、症状に左右差がありレボドバにある程度反応する Parkinson 病類似の臨床像を呈する群: PSP-parkinsonism(PSP-P)(32%)に分類されることが報告された。

さらに、Williams 等により非典型的 PSP(14%)のなかに、すくみ足を伴う純粋無動症 pure akinesia with gait freezing(PAGF)(2007年)と、PSP-corticobasasal syndrome(PSP-CBS)、PSP-progressive non-fluent aphasia(PSP-PNFA)の 2病型(2009年)とが含まれることが報告された(表1)。なお PAGF は、わが国の Imai らにより報告された疾患概念で、Mizusawa らにより PSP の病理を示す事が報告されている。その後、わが国の研究者及び海外から小脳型 PSP-C の報告もあり、現時点では PSP の疾患概念は拡大傾向にあるが、発症病理の解明により病因は収束されていくことが期待される。なお、約半数の症例では認知症や人格障害、感情障害、記憶障害などの精神症状で発症する事も忘れてはならない。


以前は 10万人あたり 5人前後とする報告が多かったが、高齢者の増加と共に頻度も増え、最近では 17〜20 人程度とする報告もある。従って、10万人あたり 5〜20 人程度がこの病気の頻度と考えられ、2012年の医療受給者証保持者は 8,100人である。60歳頃に発症する症例が多く、William らによれば、Richardson 症候群は男性に多い傾向があるが、PSP-P では性差はない。多くは孤発性であるが、遺伝性 PSP も見られる。遺伝性 PSP の多くは常染色体優性遺伝である。発症の危険因子に明らかな者は無いが、唯一高学歴が弱いリスクである。また、タウのハプロタイプ解析では、PSP は H1 ハプロタイプと関連があり、H2 ハプロタイプは少ないとされている。しかし、日本人はすべて H1 ハプロタイプであり、わが国での検討が必要である

罹病期間は Richardson 症候群 5.9年、PSP-P は 9.1年とされる。死因は誤嚥性肺炎、窒息、栄養失調、外傷の頻度が高い。発症 1年以内の転倒、早期の嚥下障害、尿失禁は予後不良である


a. 臨床診断指針

NINDS-SPSP(National Institute of Neurological and Stroke and Society for PSP)による診断指針(1996年)とその信頼性試験結果(1996年)が報告されたが、不十分な診断指針であった

b. 神経病理学的、生化学的指針

病理学的診断基準は異常なリン酸化タウの蓄積で、タウの蓄積は星状膠細胞と神経細胞の双方に見られる。アストロサイトへの異常リン酸化タウの蓄積は細胞体から近位軸索に認められ、tufted astrocyte もしくは glial fibrillary tangles と呼ばれる。tgufted astrocyte は病理学的 PSP の診断指標である。そのほか、細い紐状の astrocytic thread も見られる。神経細胞は細胞数の減少と共にグロボース globose 型神経原線維変化 neurofibrillary tangle(NFT)、顆粒空胞変性を示す。電子顕微鏡的検索から、globose 型 NFT は Alzheimer 病のリン酸化タウ蛋白であるペアになったらせん状フィラメント paired helical filaments(PHF)と異なり、12〜15nm の直線上線維からなる。病変は歯状核、赤核、淡蒼球、視床下核、被蓋や中脳水道周辺、上丘を含む眼球運動関連神経核病変、下オリーブ核、脳幹被蓋に分布する。病変は淡蒼球・視床下核・黒質病変はおおむね全例でみられ、次いで被蓋・上丘・第三脳神経核・被蓋病変の頻度が高い。生化学的には蓄積するタウは 4RT で、PSP は 4RT に属する疾患の一つである。4RT は臨床像が多彩な特徴を有し、臨床診断と病理診断に移動があることが少なくない。このため、より有用な診断に結び就くバイオマーカーが求められる


原因療法は開発されていない、対症療法としてレボドバ、アミトリプチンが有効との報告があるが不十分である。認知障害、行動障害についても対症療法、認知行動療法などがなされているが、何れもエビデンスに乏しい。心理面接、リハビリテーションも同様にエビデンスに乏しい、転倒に対する応急処置としてヘッドギアなどが使用される。


タウのハプロタイプは、前述したようにコーカシアンと日本人とでは異なり、病像、経過、神経病理所見などに差異があるかを検討する必要がある


PSP の病型と病理学的事項の補足

PSP の病型は現在拡散傾向にあるが、病理学的基盤を考慮すると 図1 に示されるようにタウ病変の分布に基づくことが示唆される。病像の進展によるタウ病変分布が変化するとは、臨床経過から単純に考える事は不可能であり、タウ病変の拡散がとどまる様式を検討していくことも PSP 研究の課題と思われる。また、頻度は少ないが様々な遺伝子変異による遺伝性 PSP も知られており 表2 に列挙する


9-1 進行性上皮麻痺の認知症状

9-2 進行性上皮麻痺の認知機能障害治療


認知症疾患診療ガイドライン

認知症