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<span style="color: #752100; font-size: 150%;"> Jewish</span>
<div style="color: #19448e; font-size: 150%;"> ユダヤ人の定義は?</div>

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ユダヤ人とは、「ユダヤ人の母親から生まれた人、あるいはユダヤ教に改宗した人で、ほかの宗教に帰依していない者」をいう。これは、1970年の帰還法改訂にもとづく定義である。

ユダヤ人になる

ユダヤ人の定義は、母系主義を取っていると考えられ、ユダヤ人男性と非ユダヤ人女性の間に生まれた子どもはユダヤ人ではない。従って、ユダヤ教に改宗?手続きをする必要がある。非ユダヤ人の子どもがユダヤ人の家庭で育てられたとしても、その子はユダヤ人とはならない。ユダヤ人としての身体的特徴は無い。

ユダヤ人の母親から生まれたとしても、他の宗教に帰依すれば、その人はユダヤ人としては認められない。典型的な例がメシアニック・ジューと呼ばれる人で、ユダヤ人であるが、ナザレヨシュアを救世主として認めている人を指す。悔悛して元に戻れば認められるが、イエスを救世主として認める限り、ユダヤ人共同体からはずされる。キリスト教の世界では、ユダヤ教とユダヤ人を認めるようになったが、福音主義系は積極的にユダヤ人の改宗運動をすすめている。1960年代のイスラエルでは、メシアニック・ジューは数百人しかいなかったが、最近は数千人になっているようである。

イスラエルでは、世界のユダヤ人社会を巻きこみながら「ユダヤ人は誰か」論争が起きてきた。これは、1950年代中頃からの話で、ハンガリー暴動に伴う移民増加の中で、非ユダヤ系の移民がかなり混じりはじめ、帰還法運用にあたって、この問題が取り上げられるようになった。

ユダヤ人という共通の認識

2000年前に国土と切り離されてから、ユダヤ人は迫害、同化にさらされて、たびたびアイデンティティ喪失の危機に見舞われたものの、聖書、タルムードなどの精神的共通基盤に支えられ、またゲットー的環境があったために、ユダヤ人とは誰かを正面切って自問自答する必要が無かった。建国の父ダビッド・ベングリオンは「我々は3000年間定義なしでユダヤ人として生きてきたし、今後も然りである・・・ユダヤ人は宗教共同体とか民族といった定義もあろうが、ユダヤ人という意識だけで充分」と述べている。

その共同体とは、アム・イスラエルと呼ばれる。改宗によってその一員となることもできるが、大変は古代イスラエルから先祖代々母方の血を伝わってきた人々の末裔である。

なぜ母方の血筋をたどるかについては、父親から見て、生まれた子が100%自分の子であることを確信できない、という理由もあるが、申命記第七章四の「彼(子供の父親で、偶像崇拝者)が、あなたの息子を惑わして私に従わせず」というくだりを、ラビはよく引用する。

揺れるユダヤ人の定義

姓は父親の方を継ぎ、血筋は母親の方をたどるのが決まりであるが、母親云々にういては、十六世紀に編纂された宗教法典「シュルハン・アルーフ」に規定されている。この法典は今でもハラハー(ユダヤの宗教法)の基準となっている。

西側先進国では異教徒の結婚が50%に達するようになったことから、ユダヤ人社会は深刻な同化の問題に直面し、ユダヤ人口の減少が憂慮されている。このような状況を前に、改革派は「父親がユダヤ人であれば、子供もユダヤ人」とする立場を取るようになった。もちろんこれは、正統派のみならず保守派からも、猛烈な反対に遭っている。

「ユダヤ人は誰か」論争は、1970年代頃から論点が変わりはじめた。正統派、保守派、改革派の手による改宗の正当性をめぐるもので、正統派は、他の二派(再建派を加えれば三派)による改宗を認めていないため、時々論争となって火を噴くのである。「イスラエルでは正統派のみの改宗、ディアスポラにおける保守派と改革派による改宗には目をつぶる」というのが暗黙の了解なのであるが、時々これを破ろうとする動きが出るために論争になる。


Jwish